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社会の闇は 僕たちが絶望するほど深くはない

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社会の闇は
僕たちが絶望するほど深くはない
 
仙人さんは
発展途上国でボランティアをしていた人です
そして、人生の一時期には
文明を避けて
電気も通わないところで数年暮らしていたそうです
その人が語る社会の闇は
僕らの想像を絶するものなのかな
と思っていたところでの今回のテーマは
 
社会の闇です
 
xーjrコピーライターA級レベル第16話を聞いて
大変興味深かったところをシェアします
 
腕の無い子供は、顔に止まったハエを追うことができないんですよ
 
そんなボランティア団体での経験談を語っていた人が
どれだけ世界を熱っぽく見ているんだろうか
 
 
様々な質問が寄せられました
 
貧困と飢えの暴力はどうやって解決できますか?
 
経済的格差をどうやったら解消できますか?
 
政治家の汚職はどうしたらやめさせられますか?
 
臓器売買ってどうやってやめさせられますか?とか
 
移民の大規模な受け入れはどうすべきでしょうか?とか
 
原子力とクリーンエネルギーはどうやってバランスを取っていくべきでしょうか
 
安楽死の受け入れはどう変わっていくか
 
天災を生き延びる方法
 
高齢者ばかりで年金や医療費はどうしたらいいですか?
 
少子化対策には何ができますか?
 
ブラック企業の実態は国力を下げていくのではないでしょうか?
理想はすごくわかるんですよ
でも、こういった質問をする人は正直言って現実が見えていない
そう言いながら
一つ一つに答える仙人さんの言葉には
僕はいい意味で期待を裏切られ続けました
 
 
 
仙人さんによれば
 
私利私欲にまみれた政府なんて当たり前です
 
逆に、私利私欲を求めていない政府があったら
それを教えて欲しいです
 
政治は安心安定することが優先順位なのではないんですよ
汚職をしない政治家なんか、居てもどうってことないんですよ
 
何にも変わらないし、国の利益にもならないですよ
 
政治はどうしたら良いか
政治をワクワクするほど面白くすれば良いんですよ
 
政権に対して何を求めたら良いのかなって考えると
 
政治家って暇なんじゃないですか?
国民も毎日が面白くないし、政治家も毎日が面白くない
 
ですから、政府や政治家をどうこう言う前に
 
国民が現実に対してハラハラドキドキするかどうかなんですよ
 
枠組みから出て世界の視野を持った人たちが
政治を語って居ないですよね
 
社会工学の内側から出られていないですね
 
みんな優先順位を問題解決ではなくて
倫理から考えて居ますよね
 
 
社会問題を考えるときの重要なマインドセットして
 
倫理と思考は分離して考えなければならない
 
のです
 
世界の闇って
現在の世界を成り立たせている構造そのものです
 
それならば社会工学を変えればいいのです
 
そして問題解決には色々なレバレッジを効かせればいいのです
 
よく
歴史のなぜは
お金の流れを見なさい
 
世の中の理不尽は
誰が一番利益を得ているかで
謎が解ける
と言う歴史学の一派があります
 
仙人さんにとっても、お金の流れは問題解決の流れです
 
臓器売買とか
武器商人の暗躍とか
製薬会社の利益を守るための医療とか
 
 
お金の流れで起こっていることを犯罪と呼び
害悪、悲劇と呼ぶのであれば、それを禁止しても
規制しても、やめさせようとしても、悲劇は終わりません
 
それならば、それ以上の収益システムを作り上げたりして
犯罪を生み続けている、そのお金の流れを変えてあげれば
自然と悲劇は終わるのです
 
もちろん、新たな問題が起こるかもしれませんが
問題解決にはなっています
 
一見めちゃくちゃを言っているように聞こえますが
まず、倫理や道徳を抜きにして
起こっている問題の根っこにあるものを探します
 
なぜそこにお金が注ぎ込まれるか
それは今の世界にとって解決したい不安や恐怖があるからです
 
 
僕たち一人ひとりにとっても
どうやったら世の中にはびこっている不正義や
混乱をなんとか出来るのか
 
とっても感情を揺さぶられる問題です
 
しかし、今のシステムそのものが問題解決のシステムなのだと
まず理解しないことには
 
新しい社会工学は打ち立てられません
 
資本主義や現在の貨幣と流通システムには
問題を生み出しているのと同時に
実際に問題を解決してきたシステムです
 
 
表面に出てきた社会的不平等や
不正義を憂えて
 
目の前に与えられた環境や
資源を用意してくれた人や
労働者に対して感謝を忘れること以上の
害悪はない
のかも知れません
 
目に見えている社会問題よりも
目に見えていない
みんなが問題視していない社会位問題の方が
問題です
 
そんな世界と問題解決のシステムに対する無知が問題なのであって
個々の企業や個人、国家を敵視し憎んでも
それは無知による問題のすり替えなのかも知れません
 
人の認識と判断に感情を波立たせる前に
僕たち一人ひとりが正しく認識し
正しく判断できる才能を伸ばす教育こそ
 
人間は根底から高められるべきです
 
 
今日もお読みいただきありがとうございます