copywriter-住職’s blog

copywriterをやっている住職のブログです。

教育を台無しにする言葉

あらゆる教育を台無しにする言葉

今日は仙人さんに質問をする日です。
教育カリキュラムの大事さということをお話しになっていますが
教わる側の為を考えると、教えるアプローチの仕方だったり順番には必ず法則がある
という事柄は、意外と盲点ではないかと思いました。

教育者の倫理とか、政治的立場とか、得意不得意とか
教育への真剣さよりも優先するべきものがあるというと
何かテクニック主義のように聞こえますが
実際は優先順位を学ぶことで、伝わらないことに焦らなくて済む、
焦らなくていいから、小手先のテクニック主義に陥らなくて済む
ということかもしれません。
僕たちはとにかく何かに焦っています。
要件を伝えたい、わかってほしい
気持ちを通じあわせたい、大切なことを伝えたい
しかし、ここに僕たちが無自覚でいる大変な間違いがあって、
そこに「早く」を入れているのです。
この「早く」こそが、あらゆる教育を台無しにするマインドセットなんじゃないか
という仮定をしてみたいと思います。

僕たちが分からないとか、出来ないとか
教育に対して一番言われているのは
周りと比べて遅いとか、理解が出来ていないとか
そういった比較ですよね。
脱線しているとか、やり方が違うとか。

 

エジソンさんとか、そういう人を持ち出す時は

勉強に脱線なんてないんだよとか

間違いを奨励するくせに、

実際には脱線させてくれませんよね

 

 

誰にでも分かるようになるという信念が
いつのまにか揺らいでいる
フラストレーションに変わるのが、
「早く」理解のラインを踏ませたい
実践させてみて、一禎の結果を出してほしい、理解したラインを踏ませたい
テストしてみて、ちゃんと合格点を取ってほしい
質問して、要約ができるようになっていてほしい

これは無意識だから怖いんですね。
何度でも付き合うよ
どれくらい時間がかかっても、教えるよ
居残りをさせてしまったり、予習復習をさせてみたりします

性格の違いについて悩んだり、学習タイプの違いを精査してみたり
興味ポイントを表面化したり、モチベーションポイントまで辿り着くことが
優先順位というと
意外な感じがします。

ここに大きな間違いがあるんですね

教育と教育カリキュラムとは、まったく異なる分野に属するということが
認識されていないんですね。

教育の価値だったり、尊厳だったり、教育の意図だったり、
人を教えて導くという概念と

実際に人が何かを学んでいったり、信頼したり、自信をつけていくこととは
まったく別の分野に属します。

これを同じと考えているから
教育する側の都合が教育になってしまっているんですね。

 

僕たちはいつでも100点満点なんです

つたない言葉で、相手を笑わそうとしたり
嬉しい気持ちを伝えようとしたら
それは100点満点なんです。

今ある感覚で、
絵の具や墨をつかって、表現したいものを表現したら
それが100点満点なんです。


今の興味で数字や図形の面白さや
虫とか自然に触れた感動は
虫の名前を覚えたり、形を再現できなくても100点満点なんです。

 

しかし、教育する側には
それを正しく伝わっているかどうか
今の段階で把握しておかねばならない
と真面目に考える責任を感じてしまって


今の段階での理解力を数値化します。
善かれと思って、それは教科書とは違うよとか
早く分かるようになろうね
といって、勉強を手伝ったり居残りをさせます。

 

今のタイミングで感じ取っている内容、興味を持っている度合いに
100点満点を認めるよりは


どうやったら本人が100点満点だと思っていることを100点満点じゃないか
どれだけ分かっていないかを分からせようとしています。
100点満点ではないことを伝えるかを考えています。

それが「早く」という気持ちの焦りから来るのではないでしょうか。
結局満足されているのは教育されるものが何かよりも
教育者も自覚していないもの
「早く」だけが最優先されています。
何も伝わっていないし、認識と意欲と理解を否定されて、やる気を奪って終わりです。

 

教科書を否定するつもりは全くありません

違う問題なのです

僕たちの、学ぶ側の教育への姿勢は常に100パーセントなのです。

そのことが教科書の内容と100パーセント符合するかは

全く別の問題です。

 

一人一人の感受性と、着眼点があります。
それが100点満点であることが
出発点であるとしなければ
僕たちは何もできないんです。

そして、100点満点だから、
次のステップにいけるんですね。

僕たちが何かを諦めて、チャレンジできなくなって
夢を見いだせなくなって、元気を失っているときは
自分で自分を100点満点と評価できていない時です。

義務教育が終わるということは
これからは教育とは自分自身に対してする
って宣言したんです。

だから、自分に対して100点満点をつける
それが世間一般の100点満点とどう違うか
それからでも遅くないんです。

それが本当の順番じゃないでしょうか

今日もお読みいただきありがとうございます