自由と平等が両立しない本当の理由とコピーライティング

自由と平等が両立しない本当の理由

これは政治学における問題としてリベラリズム自由主義)と保守主義という論争スタイルを維持している問題です。

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そして、一方で多くの政治理論家がリベラリズム保守主義の最善のものを結合し、よりバランスのとれた包括的な政治学を見出したいという、理論上不可能な願望をこの問題対立に持ち込みます。
ゲルハルト・シュレーダーさんや、ジョージ・w・ブッシュさん、トニー・ブレアさん、「アフリカのルネサンス」のタボ・ムベキさんなどがあげられます。

政治家とは、常にこの両者の構造の違う建物を横並びにする存在であり、
今に続くそれは歴史への怨讐を複写(コピー)したものと言えます。

ウィルバーの整理の仕方は第一のステップで、リベラリズムは外面的帰結への指向性を示し、保守主義は内面的帰結への傾向性を持つという分類から始まり、
そして第二ステップで主体の段階の自覚、意識進化を段階づけて座標化するという方法を提示します。
平面構造で何がねじれているのか、それを知るためには、いかに立体構造を構築するかという方法にかかっているわけです。

自由と平等はなぜ両立しないのかという問いへの単純明快な答えは、民族という歴史的な乗り越えが、リベラリズム保守主義のねじれの上に成り立っているところに見出せます。リベラリズムの矛盾は内面的な構造を経て噴出した乗り越えを、外面的な因果関係のみを素材にして説明可能にしているところに、
つまり、結果が原因を否定しているところにあります。

コピーライティングとは、この歴史への怨讐を複写コピーとして存在させてきたクリエーションの証言ですf:id:copywriter-jyuusyoku:20170508074417j:plain
クラウゼヴィッツにとって戦争とは別な形としての政治であるならば、

1904年は政治を別な形のセールスとして追求する流れが本格化した年と言えるでしょう。

ここでちょっと「コピーライティングの誕生」についてお話しします。
今年で113歳になりますね

当時の宣言がどのような経緯で現在に至るのかということを知ることで
何が変わってきたのかということ、
現代は昔とはどう違うのかがわかってきます
1904年にある3人の人間が関与して、コピーライティングという職業概念は誕生しました
アルバート・ラスカーさん、クロード・ホプキンスさん、そしてジョン・E・ケネディさんです


アルバート・ラスカーさんは ドイツ移民で裕福だったそうで、
 仕事を選べる選択肢のある人生を生きていました。 ジャーナリストになりたくて 広告業界を志望し
18歳の時にシカゴの広告代理店に就職して、2年くらいでボスに成り上がった才能ある人です。
個人としてセールスがうまくて説得が上手だったそうですが、
ただ、文章を書くことが苦手だったようです。
クロード・ホプキンスさんが代理で書いていました。

追求型のラスカーさんは広告とはなんなのかという答えが気になって仕方名がなかった様で
常に広告とは何かを追求していたそうです
自分は、セールスマンとしては結果は出せるけれども、セールスレターというもので同じ結果が出せない
という葛藤があったんでしょうね

ある時、ケネディから手紙が届いた
「あなたはマーケティグセールスというものを理解していない、もしそれを知りたければ私と出会うべきだ」
なんていう挑発的な手紙だったそうです

その一言がプライドの高いラスカーさんにとってとっても気に成ったらしく、ラスカーさんはケネディさんと出会い、
「コピーライティングとは、セールスマンをプリントしたものだ」という名言が誕生しました。

広告とはニュースだろうか?発表するものだろうかというラスカーさんに
ケネディさんは「違う、それは広告の一つに過ぎない
コピーライティングとはセールスマンシップをプリントしたものだ」
それがコピーライティングの真髄として今も語り継がれています。

今聞いたら、なんとなく当たり前のように響くかもしれません。
しかし、マーケティングや大衆という概念として当時このように発見されたのは、驚くべきことです。

セールスマンの人間そのものが文章となったとき、それは、
文章がセールスマンの愛や誠実さ、信頼、経験それらすべてを表現しているということでしょうか。
大変奥深いものを感じます。

でも、広告代理店の8割9割の人はこう言った歴史や本質に気づいていない
広告とはイメージ戦略とか
笑えるものとか、衆目をひくものとか、
その程度にしか思っていない広告関係者が多いのが事実です。

それはマーケティングにおけるテストという概念を知らないからでしょう。
そのコンバージョンとテスト結果から訴求していくメソッドがあるのがコピーという考え方で、
イメージ広告とはまったく違うものです。
上手とか、喝采を浴びる、文章として優れているとか
人から評価される文章を書くことがコピーライティングではありません。

淡々としてそこにあるもの
淡々とテストされてきたもの、そして淡々として歴史を作っていたものです。

歴史を乗り越えていけるものは、実は怨讐を越えて歴史の批判ができる立場です
その立場に立ってこそ、歴史を作っていく力を宿します。
そして、それゆえに、コピーライターは戦士と呼ばれるのかもしれません。

現代に通用するセールスマンである事と、セールスの魂を自らの内に宿した戦士になるという事
それが今の私にとってのチャレンジであり、コミットメントです。

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