copywriter-住職’s blog

copywriterをやっている住職のブログです。

少子化対策よりも、廃墟の山にさせないことが大事

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少子化対策はもう時間がない
ということがわかる本です
 
2020年
女性の2人に1人が50歳以上になるそうです
 
2040年初頭には日本の高齢者は35・3パーセント
認知症患者は953万人になると
書いている本が売れています
 
未来の年表という本です
河合雅史さんが産経新聞のデータを分析し
時系列に沿ってリアルにシミュレーションした内容が生々しいんですね
 
現状維持のために必要なことを対策するような
少子化対策は間に合わないので、
別の問題を対策することの優先度が高い
ということを教えてくれます
 
ですから、まず最初に若い女性にガミガミいうのをやめましょう
 
漠然とした未来の不安を具体的に描写する事で、
この先の市場がどのような変化をしていくのか
心構えをすべきか考えさせてくれます
 
日本が直面する問題は
若年層が背負わせられる法規的問題こそが
本当の危機です
 
人口がもともと多い国だから減っても大丈夫
という単なる人口減という楽観視はできないんですね
 
即座に解決しなければならない課題と、
長期的に取り組んでいくべき課題とが混ざり合っていることが問題を複雑にしている
ということを整理して見せてくれます
 
現在の中学・高校生や大学生が2042年には30代後半になっています
 
自分自身が慌てないために
そして、イタズラに危機感を煽るような言説に
影響を受けないように心づもりをしておきたいものです
 
現状を認識することと
小さくとも輝ける国になるための方策を
10に分けて書いています
政府が進める外国人労働者、AI,女性、高齢者という4つのカードは
切り札にならないようです
 
高齢者というレッテル貼りをやめること
24時間何々するという時間の使い方や営業形態をやめる
居住区と非居住区を分けて交通などを合理化する
国際分業を受け入れる
 
などなど
廃墟にさせなければいいのです
 
生活空間と心が廃墟にならないように配慮するのです
 
行政に期待すべきこともありますが
まずはどういう形になっておけば
自分の問題は解決するのかを
先立つ社会変化から俯瞰してみることができます
 
ご自分に合った
新しい生き方を作るシンプルな学びを見つけてください
唯一これっていうものはないと思います
 
 
以下、著作から引用です
ご参考までに
 
・2020年
女性の2人に1人が50歳以上に。

・2021年
団塊ジュニアが50代に突入し、介護離職が大量発生する。

・2022年
ひとり暮らし社会の本格化。独居世帯は3分の1になる。

・2023年
企業の人件費がピークとなり経営を苦しめる。
労働力人口が5年で300万人減り、団塊ジュニアが高賃金をもらう50代に突入。

・2024年
3人に1人が65歳以上の超高齢化社会へ。
国民の6人に1人が75歳以上、毎年の死亡者は出生数の2倍。

・2025年
ついに東京都も人口減少に。東京でも4人に1人が高齢者に。

・2026年
認知症患者が700万人規模に。

・2027年
輸血用血液が不足する。

・2030年
百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える。
生産年齢人口が極端に減り、全国都道府県の80%が生産力不足に陥る。
 
今日もお読みいただき有難うございます
 

 

最も重要な質問は何かというと、この世界は友好的な場所かどうか ーアインシュタインさん

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今日はxーjrコピーライター養成スクールA級レベル第9話の授業を聞いて
その宿題を実践してみる日です
 
1つ目の宿題
 
ステージ2の要素を自分の企業に取り入れるとしたら
価値観世界観を共有するということ
3つのアイデアを書き出す
 
全員で共有できるものが大事です
 
日本では多くの組織などでは、朝礼とかが導入されていることと思います。
その朝礼で、実際の業績や成果が上がった経験のある経営者がいるからです
そのような非家族的要素を持つ集団の統制が
第2ステージと呼ばれる、組織の発達段階です
 
1 基礎的な勉強を共にする 物理、自然科学、数学、言語学
 
常識によって、あるいはシステムという形だけに囚われて
多様性が失われるのは、基礎的な理解が謝った常識として
定着しているからだと考えます。
その常識以前のところを共有することで、
真の常識を持ち得ることを目標とします
 
2 一人一人の使命について共通の物語を語る
これは創業者のビジョンの共有だけではなく
時代と環境に影響されるものと
されないものの狭間に生きる人間の物語です
それは歴史談と呼ばれます
そのような歴史談義の共有は
自主的に学ばれることはなかなか難しいので
ある程度の提案が必要と考えます
 
3 世間とは違ったルールを作る
であるからこそ、世界観がビジョンに従って再構築される時
一つ一つの価値観のバランスが一度崩壊します
人間が物であるのか魂であるのか
その定義一つで、物事の優先順位は全く変わります
その想定された未来を軸にして優先順位を新たに作ると、
自然と今の世間とは違ったジャーナリズムになると思います。
 
 
2つ目の宿題です
 
あなたの機能で メインサブだ世界観だけを使って
関与できるシステムを3つ書き出す
 
世界観機能   内的直観 将来性を見通す機能
サブ機能    外的直観 多様な価値観を融合させる機能
メイン機能   内的思考 すでにあることを掘り下げる機能 
 
僕が生まれ持っている才能は内的思考です
これは世間一般で通用している常識の形を疑い
その背後にある秩序や本質を取り出します
ですから、人の言葉の要約であるとか
行為に対して気づきを与えることが
比較的出来る方だとおもいます
 
1、イノベーションとテクニカルな革新、自己創発
2、戦略的経営という持続性
3、融合と調停
この3つの貢献がシステムという単位への影響力です
 
3つ目の宿題です
 
 AIだけで任せる 人類は必要ない
そういう場合は、AIが世界の維持が可能だとする
どうしてもここだけは自分がやらなければならないだろうなということを
1個だけ書き出す
他の誰にもできないこと、AIにもできないだろうことを
見つけることが僕たち一人ひとりの使命
自分のフォーカスポイントにできることを書く
これが3つ目の宿題です
 
AIの普及は、必ず社会変革を起こします。
そしてある種の混乱を招きます。
その時にポジティブなところに
世界を導ける才能の発揮の仕方とは
人それぞれあるのです
それを使命と言います。
 
僕には日々を悩んでいる人との関わりが多いです
日々感じている恐怖の感情によって
どうやって苦しみが生じているかに
敏感にならざるを得ません
 
もし、
死が全てを無にしていく世界観を持っているのであれば
象徴としての死も、また恐怖です
それは関係性の死
情感の死であっても同じことです。
 
恐怖によって引き起こされる世界の不条理には
その象徴的死があることを
もしAIが理解しないとしたら
その不理解を指摘し続けることが
 僕の使命です
 
AIがどこまでのことが出来るのか
それはまだまだ分からないのですが
僕が出来ることは
最後までこの世界に残る不条理に付き合うことです
プログラミングされた世界を生きるのがAIであるならば
そのプログラムから漏れ落ちた価値観の擁護者でありたい
と言うのが僕のモチベーションです
 
AIが本当に世界を維持して救ってくれるならば
人間はいなくなっても良いかと言われると
直ちに賛同はできません
それでも、AIは人類の進化の競争相手として
人類の功罪を映しこむ鏡として
とても頼りになる存在です
 
人と人とが争う必然性があるのであれば
せめてその競争相手はAIという
内在的自己の外部表現である存在に対して出会って欲しいと
思います
 
 
最後に仙人さんはこんなことを言っていました
 
この世界はフレンドリーな場所かどうか
それはもっとも重要な質問だ
 
自分自身に問いかけることで、もっとも価値観を形作ることになる
土台を自覚していくことが出来る
 
そう語るアルバート・アインシュタインさんの言葉に
感銘を受けました
たった一つの世界観を掘り下げて確かなものとしておけば、
 
単なる世界観とは言うけれど
 
でもその世界観からコミュニケーションは始まっている
コミュニケーションされているのは
多様なものに見えても結局は世界観
だから、自分自身の世界観をアップデートしていく
選択することが出来る
自分自身がどういう価値観、世界観でアイデンティティーを作っているんだろう
それができたら
それをどうやって伝えていくことが出来るだろうと考えて行けばいい
今日もお読みいただき有難うございます

生命を生み出すシステムが生命を奪う

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生命を生み出すシステムが生命を奪う
 
今日はxーjrコピーライティングA級レベルの授業を聞いて
気づいたこと、実践したいことをシェアする日です
 
ビジネスにおける経営システムで配慮するべきことはなんでしょうか
システムというテーマでお話しいただきましたが、
なかなかに理解が難しいテーマです
 
例えば、システムという言葉を聞いて
あなたは何を連想しますか
 
Wikipediaではこう書いています

システム(system)は、相互に影響を及ぼしあう要素から構成される、まとまりや仕組みの全体。一般性の高い概念であるため、文脈に応じて体系制度方式機構組織といった多種の言葉に該当する。系 (自然科学) の記事も参照。

それ自身がシステムでありながら同時に他のシステムの一部でもあるようなものをサブシステムという。

「組み立てた物」を意味する古代ギリシア語σύστημα」(スュステーマ)を語源にもつ。
 
システムはいくつかの要素によって構成されている
 
システムに含まれる全ての要素は、必ず自分以外の要素に対してなんらかの影響を及ぼす
 
システムは時間、または時間に写像できる順序集合(全順序集合)に沿って動作する

「ディペンダビリティ(信頼性)用語」は、信頼性に関係する分野・目的(たとえば信頼性工学)のために用語の定義を与えるものであり、必ずしも一般的な定義とは言えないかもしれないが、次のように「システム」を定義している。

所定の任務を達成するために, 選定され, 配列され, 互いに連係して動作する一連のアイテム (ハードウェア, ソフトウェア, 人間要素) の組合せ.

システム論とは、生命科学から機構上の知見を借り受け、数学から表記上の知見を借り受けた理論であり、それらを論理として普遍化した構想のことである。

とても幅広い概念ですし、抽象的です

システムが生み出すまでの全体像を追うには

相当な注意力が必要です。

なぜなら結果を生み出すモデルは

上述のように、形だけが注目されるからです

しかし

全体性がどのように生じるかについて何も説明できない点が問題とされます

そして、マーケットの変化についていくことが出来ません

今回のテーマの土台にあるのは

システムを創発として考える技法です

 

ビジネスとは創発を生み出す配慮である

 

創発とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として現れること

emergence、発現が語源であり、物理などで使用されている用語です

組織論やナレッジマネジメントの分野でも使用されています

ある一定の要件に基づいた予測及び計画や意図を超えるイノベーションを誘発する様を示しており、自律的な要素が集結して組織化されることで、個々を凌駕するシステムや秩序が生じるからです

創造的な成果に結びつけるために、個人個人の能力や発想を組み合わせる取り組みとして注目を集めており、多くの企業に取り入れられています

伊藤穣一さんがわかりやすい説明をしてくれているので引用します

「例えばアリは一匹一匹に高い知性はありませんが、群れとしてはとても複雑な共同作業をします。巣をつくり、ごみ捨て場や、死んだ仲間の墓地もつくる。個々の単純な動きが相互に作用し、いわばボトムアップで思いがけない高度な秩序が生まれていく。そういう現象を創発と呼びます。例えば大都市でも、トップダウンの都市計画より住民の相互作用から生み出された街並みの方がうまくいく。これも創発です」

 

運営する側にとっては、形があると安心できます

これこれこういう枠組みに従っていけば間違いがない

そう思える形をシステムと呼ぶことで

人的資源やキャッシュフロー

意思伝達などに纏まった流れを把握できるからです

しかし、そのシステムという形が妨げてしまうものが

今日の経営の課題といっても間違いではありません。

形は自由な創意工夫を抑制する方向に働きます

そこでシステムと創発という概念を両立させるために

よく使われるシステムという言葉を形として捉えることに

疑問を投げかけます

伊藤さんはこのように続けます

 

「僕も日本をよくしたいと思って、日本の政治家や官僚と交流し、意見交換してきましたが、彼らは不透明な貸し借りや利害関係に絡め取られ、弱みやしがらみの中で生きている。だから思い切ってバットが振れない。何か筋を通そうとしても、99%は政治のための政治に頭を使わざるをえない。権力を手にするためのゲームのためのゲームです」


 「仮に勝って権力にたどり着いても、たぶんものごとを1㌢進めるくらいの元気しかもう残っていなくて、それで倒れていく。第1次世界大戦の時の塹壕戦みたいなもので、ものすごいエネルギーの浪費であり、膨大な犠牲者を出す。こういう政治のやり方では、民主党だろうが何党だろうが、日本を変えるのは基本的に不可能に近いんじゃないか」

 

経営も閉塞的に考える形にとらわれて

もっとも大切なビジョンを見失います

エネルギーを奪います

ビジョンから始まったはずのシステムが

ビジョンを見失わせるための足かせになっています

 

ビジネスシステムは会社経営者だけの言葉だと思うのではなく

もっと根源的には生命そのものの説明です

僕たちの身体も生命システムによって成り立っています

そのシステムがどのように構成されているか

だけではなく

どこに向かっていくかを探求することで

本当の力を使うことが出来るようになるのではないでしょうか

一見無秩序に見える状況を前向きに受け止めていける勇気を

養っていくのが本当のリーダシップなのかもしれません

https://www.xschool.is/JrA_Sales/?vid=ImoG6A7V3Z

 

今日もお読みいただき有難うございます

戦場報道とは生きて帰ること

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戦場報道とはいきて帰ること
 
コピーライティングの質問の日です
 
コピーライティングのチャレンジについてです
コピーライティングにはセオリーがあります。
 
テーマの選び方
言葉の選別の仕方
文体の整理の仕方
お客さんへのリサーチの仕方
 
100年以上の歴史のある
セールス文章の書き方は
個人の感覚や独創性などを必要としません。
ただセオリー通りに書く時だけ
その力を発揮します。
マーケットという戦場が出した答えだからです
戦場で生き残るには、
最善を尽くすこと
です
 
でも、そのセオリーがいつの間にか
テクニックとして凝り固まってくることがあります。
 
最善を尽くしているはずが
 
偽善者ぶった発言をしたりするようになります
テーマが凝り固まってきます
自分にとって使いやすい、同じ表現を繰り返すようになります。
 
いつの間にか魅力がなくなっています
 
何かの結果が出ると、そこで成長が止まります
いい結果が出た時は、
だいたい全く違う力が働いていることがほとんどです
 
でも、自分の力だと過信します
 
セオリーを踏まえた上で
さらに自分へのチャレンジをするタイミング
省察を諦めない技術
それがコピーライティングのように思います
 
僕たちは、自分が限界と思っているラインを超える時に成長がある
それが仙人さんの基本姿勢です
一番の恐怖に立ち向かった時に、進化がある
一番自分の感情との摩擦があることへのチャレンジをする
恐怖をマスターすることが人生のスキル
 
言葉で言うのは簡単なのですが、
自分の弱さを認めることを実践することは難しいです。
 
恐怖と共存することが生きること
そう自分に言い聞かせている人を
真似していきます
 
戦場を選んでまた飛び込んでいく時
チャレンジを増やしたい感覚が強くなってくるとき
コピーライティングは新たな魅力を持ち始めるように思います
 
戦場のカメラマンをしている
渡部陽一さんのインタビューを読んで
 
心打たれるものがありました
よく使われる表現の中に
戦場を見てきた方への
自分への挑戦を感じましたので
以下にシェアします

戦場の最前線を取材していて、遭遇する大きな葛藤についてお伝えします。

それは、撮影する被写体が危険にさらされているときに“助けるべき”なのか、“撮影するべき”なのかという瞬間です。

混乱する現場の中では、そこに住む方々や兵士たちが次々と亡くなっていく状況に遭遇します。

実際、自らが銃撃の恐怖と耳鳴りでその場に腰砕けとなって倒れこんでしまうことが何度もありました。

カメラマンとして撮影さえできずに逃げ出したことも数えきれません。 

現場では基本的に被写体となる方々に危機が迫っている時、撮影以前に助けに入ります。

もちろん誰しも生き延びることが最優先であります。

命が第一、撮影は二の次というのが現場での基本方針です。それは本能と言ったほうがいいかもしれません。

ただ、戦場ではあまりにも状況が混乱しており、味方同士が殺し合ったり、

兵士と一般人、カメラマンの区別がつかなかったりと、誰しもが生き延びることに喰らいつき、

盲目となってしまうことも現実としてありました。 

取材中に気を配るもう一つ大切な指針があります。それは取材方法として戦争に巻き込まれている被害者側の避難生活に入り込み、寝食を共にしながら取材を続けていくことです。

いかに衝突する双方の意見をフラットに報道していくか土台を組み立て、

そこに密着取材という独自性、臨場感を含ませることが私の取材スタンスです。 

戦場に生きる方々の息づかい 

取材で大切にしていること、それは現地の方々の生の声、息づかいを聞き込んでいくことにあります。

外国人ジャーナリストという立場で、さらに両手には大型カメラをかかえているとどうしても取材対象となる方々は構えてしまい、普段とは全く違う表情で接してきます。 

取材をするには常に「リスペクト」、相手に敬意を払うことがもっとも大切なのではと日々感じています。

世界には日本とは異なる生活習慣や常識で生きている人がたくさんいます。

「日本の常識は世界の非常識、世界の常識は日本の非常識」といわれる通り、

どの国の常識が正しいということはまったくありません。

それ故に取材先の国にジャーナリストとして入り込んでいくからには相手の生活慣習やルールに従って、

取材を続けていくことが良き取材結果を引き寄せる一番の方法なのかも知れません。

日本では絶対に許されないことが諸外国では当たり前に許されることが数多くあり、

現場で動揺したり、悲しい結果になってしまったことが今まで多々ありました。

やはり現場に何度も足を運ぶことで世界常識を肌でとらえ、

日本を発った時点で生まれたての赤ん坊のような柔らかい五感に気持ちをリセットしてしまうことが理想なのかもしれません。 

戦場ジャーナリストという存在 

戦場取材の現場には、世界中から多くのジャーナリストが集まり、

取材合戦ともいえる情報収集の競い合いが繰り広げられます。

それぞれの国のジャーナリストにとって、自国の国民が必要としている情報を集め、配信することが大切な仕事です。

そしてその取材内容に全責任を負います。 

戦場取材に足を運び続けていて感じたことは、

どの国のジャーナリストも現場での取材方法は基本的に似通っていましたが、

そのニュース素材が自国で放送されるときには国ごとに大きく色分けされていることがありました。

戦争を支持している立場なのか、反対の立場なのかでその国で流れるニュースは全く違ったものとなっていました。「戦争報道とはそこにある事実を伝えること」この一番大切なルールを守り、

現場で切磋琢磨するジャーナリストたちにとって国別に配信ニュースが違っていたというのは恐怖を感じざる得ない瞬間でありました。戦争を支援するのか、しないのか、

この選択が日本をはじめ世界中の国々に課される究極の選択となっていました。

戦場ジャーナリストの責務、それは現場に立ち虐げられる方々の声を、そのまま伝えること、

これに尽きると感じています。

状況が不安定な国ではそこに生きる人たちの声はなかなか伝わってきません。

ジャーナリストたちが、誰よりも先にそこに自ら飛び込み、今そこにある危機を素早く世界に伝えていくことが求められています。

現場に立つジャーナリストの経験と知識、技量が取材を完遂させる大切な要素であるといえます。

渡部陽一オフィシャルサイト yoichi-watanabe.com

今日もお読みいただき有難うございます

生き方を追求すれば追求するほど 僕たちは生きられなくなる

こうあるべき生き方
自分自身が納得する在り方
失敗のない人生
悔いのない人生
 
どこの本屋さんやブログでも
これを欲しがってる人で
いっぱいです
 
人生の答えが分からないと不安ですが
分かったら分かったで
心から望んで
立派な生き方をするのがシンドイです
 
この世の誰にとっても
同じだけの正しさを持つ
この世界の説明文ってあるんでしょうか?
 
最近の世の中では、
自然科学を筆頭にして
そういう説明文やモノサシがある
という前提が僕たちを追い回しています
 
僕たちは現代という時代に見合うだけの生き方ができなければ
淘汰されてしまう、いない方がいい
時代に合わない人を追放するっていう考え方です
 
おっさんよ、さようならとか
 
何か不適格者を見つけて
ある一つの世界の奉仕者になれない人は
いなくなってくれ
と言っています
 
不適格者を見つけて、その人の居場所を炎上させます。
これ、放火して火あぶりにして
抹殺しようとしてるんですね
 
そうすると安心する
 
近代という時代が
専制政治や過剰な暴力を追い立てるかのように
 
政治的に成熟し、法整備を綿密に検討してきた
そもそものモチベーションは、
 
僕たちが生きられる世界を守るためでした
 
 
多様性だとか個性だとか自由とか
そのために大切に育まれた言葉です
 
もし、生きられない世界に追い込まれ
居場所を失う僕たちは
世界を恨むしかありません
 
僕たちが生きる意味を失わないためには
どこまでも世界と競争しなければならないんでしょうか
 
意味を見出したところに
世界という言葉を使ってきたのが近代ならば
 
僕たちにとって自由を失わせる世界は
近代という自由を与えるモチベーションとは
違った意味で
いつの間にかできてしまったのでしょうか
 
世界をどうあるべきか
という事ばかりにこだわり過ぎて
 
教科書どうりに
鬱社会が出来ました
 
一体
人間の自由と両立可能な世界とはどのようなものか
 
 
このことを世界は存在しない
というキャッチーな言葉で問いとして投げかけた人が
マルクス・ガブリエルさんです
 
 
私は脳ではない
 
マルクス・ガブリエルさんは、とあるインタビューでこう言っています。
 
ーガイストすなわち精神というのは、「なぜ私たちはたんなる自然の塊の一部ではないのか」ということについて想像しうるという人間に備わった能力のことです。
すなわち精神の立場というのは、私たちが哲学を行う立場そのものです。
つまり、私たちが精神と呼んでいるものは、人間が哲学を行う者であるということの別称でしかない。
それはつまり私が哲学を行う、思考するということをたんなる自然における一つの出来事に還元できない、ということを表しています。
つまり、思考の中で自然科学的世界観が批判もしくは否定されるということです。
科学主義は人間がなぜ思考できるかということについての理解を提供できません。
そのためそれは常に思考を随伴現象として説明することになります」
 
 
世界が存在しないからこそ、意味の場が存在の根拠になるというのが彼の主張です。
 
「存在するものは、すべて意味の場に現象します
存在とは、意味の場の性質にほかなりません
つまり、その意味の場に何かが現象しているということです
わたしが主張しているのは、
 存在とは、世界や意味の場のなかにある対象の性質ではなく、
 むしろ意味の場の性質にほかならないということ、つまり、そ
 の意味の場に何かが現象しているということにほかならないと
 いうことです」

 

「世界」以外の全ては存在する

面白い考え方だと思われたら、ぜひ手にとって見てください

今日もお読みいただき有難うございます

木と石で出来た腕時計

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木と石でできた腕時計
TruWoodの製品をご紹介します
 
お客様の声は
どんなでしょう
 
夫の誕生日のプレゼントで買い求めました
パッケージが優雅で素晴らしく
スペシャルな感じがします。
彼が言うには、気づいた人みんなから腕時計について
どこで手に入れたのかとか、注目されて聞かれるとのことです
ギフトとしても素晴らしいです。
 
腕に装着した感じ、第一印象は軽い!
と言う感じです
エレガントでセクシーです
 
驚くほど秒針も正確です
 
企業のビジョンも製品も素晴らしく、もう一本購入予定です
 
とってもユニークで、馴染む質感が出ています
 
」」」
 
こちらの時計は、お買い上げ1つにつき
10本の植樹がなされます
ほとんど一本一本が手作り
品質への強いこだわり
そして一般人にも手がとどくプライス
 
そして貧しい農家にとってのポテンシャルになっています
 
温室効果ガスを取り除く
そして
生態系の改善効果が期待できる
それがプロダクトを通じて得られる
植樹というミッションへと繋がります
 
すでになし得たことは
パートナーシップを築いている
森林管理者の年収を4倍にしたこと
 
20410人の人を食べさせるだけの収益を
出していること
3000世帯です
 
環境の変化を改善するための30万本の植樹を
達成してきました
 
フォレストガーデンプログラムです
様々な種類の樹木や植物を栽培
管理することで環境的な配慮がなされています
 
契約農家は、様々な樹木の育て方を学び、
果物や野菜も育てていく環境を手にします
 
4年をめどに契約される農家は
我々との業務的提携と関わりから多くを学びます
 
植樹だけではなくて
企業のデザインや設立のノウハウです
自立可能性のある農園をマネジメントしていく
経験となっています
 
汗かきの人にいいなって思いました
夏場の腕時計は、汗疹の原因になったりします
痒くなってきたりします
金属アレルギーがあったりすると
湿疹までできます。
ベルト部分だけではなくて、
ウォッチ本体まで非アレルギー性素材で作られているのは
とっても有り難いです。
 
木材なだけに生活防水加工が気になるところですが
普通の手洗いや洗面器に張った水程度ならば大丈夫だそうです
 
ビジョンの明確な企業は
商品の自己設定も明確ですね
 
 
今日もお読みいただきありがとうございます

 

経済活動で合理性の成り立たない領域が存在する

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経営を語る人ほど経済学を語らない
 
という状況をよく見ます
 
経済活動で合理性の成り立たない領域が存在する
ことを改めて指摘した
フランク・ナイトさんです。
 
 
利潤というのは生活活動の上で
避けることのできない
不確実性を
企業家が引き受けることに対する報酬である
 
将来の見通しが不確実であるからこそ
企業家はそれを克服するための努力を重ねています
多くの問題を抱えてはいても
経済発展の正体とはこの不確実性であって
それはリスクとは全く別に理解されるべき
概念であることを
指摘しました。
 
 
僕たちは資本主義下の経済体制にあって
よくも悪くも変わり続けることによってしか維持できないダイナミックなシステムに組み込まれました
 
一方ではイノベーションを生み出すのですが
他方では金融危機をもたらし、
人々の欲望をかきたてるとともに不安にします
 
人間の行動の自由とは
一体どこに向かうのか
考えさせられる言葉が
不確実性
という一言です。
 

ある条件のもとでの人々の行動は社会的に善なる結果を 生み出すということを理論化する学説が

古典的経済学では主流でした。

つまり、人々のある種の行動が一定の結 果を生み出すと主張しました

これに対して

人々の行動がどのような結果 をもたらすかは不確実である

とする主張も出てきました。

いい結果を予測して、その為に回らされた計画であっても

誰も責任を負えない

のです。

 

この2つの主張が人間の自由な行為がどこに向かうのかを

端的に表しています。

そして、不確実性という言葉によって

この主張は調和していくのです。

 

竹森俊平さんはフランク・ナイトさんの不確実性について

詳しく説明してくれています。

 

不確実性には二つのタイプがあり、二つのタイプのうち第一のタイプは、それが起こる可能性についての「確率分布」を思い描けるものだ。ナイトはこれを「リスク」と呼ぶ。他方で第二のタイプは、それが起こる「確率分布」を思い描けないものである。ナイトはこれを「真の不確実性」もしくは「不確実性」という。

「サイコロの目」、「自動車事故」は、確率分布を想定できる事象である。そのようなタイプの不確実性が「リスク」である。不確実性が「リスク」であるためには、「確率分布」について理論的な推測が可能か、類似した現象が過去に数多く発生しており、データからの統計的推測が可能でなければならない。

「企業家」という特別なタイプの人種のもっとも本質的な行動は何かといえば、「新しいこと」への挑戦である。「新しいこと」、過去に類例がないことに企業家は挑戦する。「不確実性」と真正面から対決するのである。そして「不確実性」に対決する報酬として、企業家は「利潤」を手に入れる。

しかし、「不確実性」の領域で企業家が取る行動は、必ず成功の当てがあるものではない。そもそも必ず成功の当てがあるようなものは、「不確実性」とは言わない。したがって企業家は成功することもあれば、失敗することもある。
考えてみれば、もともとビジネスの成果を過大に見積もる楽観的な性格の者が、企業家という商売を選ぶのだ。

「真の不確実性」を前にして自分の幸運を信じ込み、あえて挑戦するという心理傾向は、「バブル」という経済現象にも見出せる。ここでも過剰な楽観主義が働いている。

ナイトは、経済行動の「合理性」を基本的には認める。人間は「合理的」な計算が成り立つような状況では、「合理的」に振る舞うと考えるのである。しかし他方で、「合理性」がもともと成り立ちえない領域、すなわち客観的な確率の計算のできない「不確実性」の領域の存在を彼は重視する。われわれの世界は「不確実性」によって包囲されており、その「合理性」の成り立たない領域における人間の行動は「合理的」でありえない。そこでは、「強気」または「弱気」の心理が人間の行動を支配する。

 

 
池田信夫さんはこう言っています
 
これから必要なのは、資本や労働などの縮んでゆく生産能力を有効に利用するための制度改革と、
限りある資源を世代間で公平に分配するための財産再建
であると言います。
 
自由は、いわば魔法をかけて人や物を動かし、
それゆえ政治的な宣伝活動プロパガンダの役に立つ一種の呪文になってしまいましたので、それは他の諸価値を覆い尽くすところまで
それらと自由が衝突を起こすことは火を見るより明らかであるにもかかわらず
拡張されてゆく傾向があります。
かようなわけで、広く多岐にわたる選挙公約プログラムが支持され、
その目標を自由それ自体の中へ位置づけることによって擁護されているのです。
事実、自由は今や、望まれる成果へと事が有利に運ぶべく、論点を巧みに回避するように、ほぼ全ての争点の両側に位置する党派の支持者から定義されるのが普通です。
 
恐らくは既に触れた自由主義の意味の逆転に起因すると思われる、
そうした議論の主な間違いは、人間というのは自分がしたいと思うことを全て実行に移したり、
欲しいと思うものを全て手に入れる権能(パワー)を手に入れないかぎり自由ではなく、
およそ悪や不遇と言われる状態から解放されうると、
あるいは解放される権利をもっていると、考えることにあります。
そうなりますと、次には、ある種のよい目的が、
有効かつ必要不可欠なあらゆる手段の正当化するようになるでしょうし、
政治的強制に付随して生じうる悪い結果を無視することにもなりましょう。
フランク・ナイト 社会哲学を語る 講義録 知性と民主的行動
 
自由は目的なのではなくて
経済自由とは
ビジョンを見つけるまでの時間
一時的に僕たちに許された
執行猶予なのではないでしょうか
 
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