copywriter-住職’s blog

copywriterをやっている住職のブログです。

一度気に入ったものは手放さない

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僕たちは一度気に入ったものは手放さない

今日は「教育の骨組み」についての授業を受けて
疑問に思ったことや問題提起をする日です。

お話のなかで面白いエピソードを紹介していただいたのが
記憶に残っています。
コカコーラとペプシの100年にわたる戦いです。

1894年にケイレブ・ブラッドハムさんが
消化不良を解消する薬として売り出した飲料がペプシコーラの始まりだそうですが
以来、コカコーラもペプシコーラも、似たような商品ながら、
コアな客層をしっかり掴んで、
売り上げとシェアを競うという図式が100年も続いてきました。
この辺りのマーケティングの戦いというか
企業努力というか
これは 多くのサイトで紹介されていますね。

僕はこの事実は知らなかったんですが、
正直驚きます。
コカコーラやペプシを好んで飲んだことがないので
そのせいかもしれませんが、

失礼ながらほぼ同じような飲料に
これだけのファンとアンチがついて
砂糖水の香りと味と炭酸の強さとか
そんな微妙な違いについて100年も消費者を割ったような
営業と消費拡大がなされてきたことが
興味深いです。

スティーブ・ジョブズさんがペプシジョン・スカリーさんを引き抜いた話は有名ですが
相当な天才たちが
コカコーラとペプシの間で仕事をしていたと聴くと
不思議な気分になります。

 

一説によると、同じスタイルにこだわり続ける傾向の人がコカ・コーラにハマりやすく

いつも違ったコンデイションを好む人がペプシにハマる傾向があるといいますが

本当でしょうか

 

実はこのコカコーラとペプシの争いですが、
教育、ものを学ぶという姿勢と好みにも
大事なこと僕たちに教えてくれています。

僕たちには同じものだから好きになる習性があって
どうやら、
些細な違いにとても敏感になって
全く受け入れなくなってしまう様です。

基本的スタンスという言葉があります。

同じ内容のものも、
ちょっとカリキュラムやアプローチを変えても
基本的なスタンスがずれたと思われた瞬間に
説得力を失うことに注意を促して見ることの大事さを
改めて感じました。

 

 

先日友人と話していました。
ロックバンドが好きな友人で、
インディーズでまだ名前が売れていないバンドなども
しっかり演奏スケジュールを確認して
欠かさず見に行くそうです
いわゆるお気に入りバンドですね。

その様なバンドの成長を見守る様な数年を過ごして
そのバンドが売れる様になりました。
いいことなんじゃないの?って思いますが、
素人眼にはわからない、
そのバンドが売れる様に路線変更した、そんなプロデュースが
気になってしょうがなくなったらしいです。

そして、あんなに好きだったバンドも音楽も、
どうしても好きになれなくなって、バンドのファンをやめてしまったそうです。

 

次々と新しい自分に進化していくことは
当然いいことだと感じますし、
ブラッシュアップしたんだという自己イメージがあります。
去年よりは今年の情報の方が量も質も洗練されているはずです。

 

でも、僕たちが聞きたいのは
同じ理論と同じ言葉なんですね

変わらぬ愛着を注げる対象なんでしょうね

日進月歩の世の中といっても、
僕たちの心のコアには
変わって欲しくない願望があります。

その変わって欲しくない、自分から離れていって欲しくない願望を
教育は期待されています。
これは教育という学術が生まれ持ったジレンマです。

主張が異なり、学派が分離すると親の仇のような敵意を抱きます。

根本に立ち返ることとは別に、

基本的スタンスがどこにあると見られているのか

常に確認して調べていることで
初めて新しい概念を受け入れやすくなる準備を整えてもらう
この操作の大切さと難しさを改めて認識しました。

案外、多様性とかイノベーションとか

その本質は

この問題を回避している「仕掛け」に過ぎないのかもしれません。

 

あなたが学生の時、
いつも同じことを言う先生っていませんでしたか?
いつも同じ口癖の
もしかしたら、いつも同じ服の
いつも同じアクションの

退屈な人だなと思っていましたが、
実は案外立派な先生だったのかもしれません。
その先生の授業で勉強が好きになれたかどうかは別として

仙人さん最後のビジネスモデル

今日もお読みいただきありがとうございます。

 

最後端を走る男

 
 

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解剖学者の養老孟司さんのエッセイを
ご紹介します。
「最後尾を走り続ける男の強み」
と題して、自分のやってきたことは
人と争わない研究であり、比較しないことであり
最先端のひとを称えながら、最後尾を選んで走ることだった
と語ります。
 
 
「私はある時から、自然科学の世界では最先端ではなく
最後端であろうと決心した。
というよりも、いつのまにか最後端になっていたのである
そもそも研究費がない。
そこで自分に興味があって可能なこと
それを素直にやっていたらそうなった
解剖学
とくに肉眼解剖学や比較解剖学という分野は
近代的な道具をほとんど何も使わない
 
ゆえに研究費がかからない
それにくわえて解剖学とは何かという問題を考え始めた。
これにも一文もかからない
考えるだけだからである。
 
間違って研究費があると、
お金がした仕事か、自分がした仕事か
それがわからなくなる
だから研究費はいらない
 
受験がそうだが、
あれが年々難しくなるのは、
みなが勉強するからである
全員が、一斉に受験勉強をやめてしまえばいい
そうすると、突然平均点がさがる
その中でも、優劣はきちんと生じる
人間にはどうしても能力差がある
結果は同じで、しかも全員がラクになる
それが出来ないのいは、抜け駆けを心配するからである
 
何事であれ、最後端を走る
そう決めたら、あとは簡単である
なんの苦労もない
自分は一人だから、談合の必要はない
 
学問は、しょせん自分の才能であろう
それなら、他人と並んで走ろうが、
一人で走ろうが、さして変わらないはずである
 
あるとき突然、ただ創造が起こる
あとは積み重ねであり
最先端とは、つねに積み重ねの一番上である
それでなければ最先端だと判別できない
 
しかも最先端は最後端の上に乗っている
さもなければ、最先端は存在しない。
ただし、最先端でしか創造が生じないと思うのは
偏見である。
繰り返していう
最先端でしか創造が起こらないと思うことが
進歩主義の最大の弊害である。
横に走ることを知らないから、
そう思うだけである
 
養老さんは「バカの壁」などのエッセイで
広く知られるようになりましたが
本来この「バカの壁」とは養老さんと対談した編集者が
この言葉に感銘を受けて座右の銘としていたものでした。
それが新潮のタイトルになりました。
 
想像もしたことのない世界のことは
伝えられても分からないくらい
僕たちは自己認識に囚われています。
 
そのことを気付かせないかのように使われる言葉が
バカであり、死である
 
何万というハードウェアの構造的解体訓練を通して
内面の世界というソフトウェアを根拠づけてきた養老さんは
こういいます。
 
他人のしたことに追いつくだけで、一生以かかる。
間違って新ことでも発見できたら、大変なことではないか。
そう思って最後端を歩いてきたら、いつの間にか知命を超えてしまった。
最先端にいたら、いまごろ身体でもこわしているかもしれない
 
最先端を走るひとを、私は偉いと思い、
それなりに評価するが、自分がそうするつもりはない。
その理由は、ここまで述べた通りである
そのための損は、十分背負っているつもりである。
 

仙人さん最後のビジネスモデル

今日もお読みいただき有難うございます。
 

世界の見え方が変わる地図

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文字通り世界の見え方が変わる地図

世界を表すキャンバスとしての世界地図を400年ぶりに刷新

世界の国々の出来事、ニュースを毎日聞きますが、
世界をイメージしている視点ってどこにあるでしょうか。
実際にその国に赴いた人でなければ、
まず従来のメルカトル図法で描かれた
日本が一番端っこにある
あの地図を思い浮かべるのではないでしょうか。

 

自然にイメージしてしまう地図があります。
でも、実際の国土面積とか大きさが全然違うものでした。
たとえば、グリーンランドが異常に大きい
平面にしたということのせいで、
実際にはオーストラリアよりもはるかに小さいグリーンランド
大きく描かれています。
南極大陸は一番下に満遍なく描かれているので、ものすごい広大な大地に見えます。
大航海時代の16世紀に考案されたこの地図は、緯度経度が直角に描かれており、羅針盤を頼りに航海するには都合が良いんですよね

でも、海図を正確に引くために僕たちは世界を歪んで見せられていたともいえます。

地球儀は球体ですから、

世界を一目で視覚的に把握するのにふさわしくはありませんよね

世界地図は人の世界観を規定する力を持っています。
私たちの世界観は未だに16世紀に作られた
歪んだ地図がベースになっていることは以前から指摘されていました。
地図から正しい距離感が導けない
国土面積などが視覚的には比較できない
などの世界把握の心象に影響してきました。

地図図法には,面積,形,方位,距離の4つのものさし=4つの「正しい」があります。全てを満たす解はないことが数学的に証明されていて、
面積を正しくすると形の歪みが増大します。

地球という球体を
一枚の絵に写し取ろうとる時に
歪みが出るという問題を解決したのが
このオーサグラフです

球体を多面体図法で写し取ります。

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地球の表面積を96等分し、それらの面積比を保ちながら正四面体に変換して作成しています
そのことで平面から再度立体化することが可能です。
平面に複写して、好きなところで切り取ることもできます。


世界を見据る斬新な視点

中心を持たない地図が気づかせてくれることは意外なほどあります。
たとえば、冷戦です。
従来の地図ではアメリカとソ連は右と左、東西に見えていましたが、
北極を中心とした視点であれば、
北極圏の航路が最も短く、
北極を挟んで両陣営が対立する関係となることは
視覚的に理解できます。
弾道ミサイルなどの飛び方がわかります。

従来の地図を見慣れた僕たち日本人の感覚からすれば、
アラスカが最前線?
と思っちゃいますよね

世界に対しての視覚的固定概念が
どれだけ僕たちの世界への感覚を鈍らせていたのか
考えてみてはいかがでしょうか。

仙人さん最後のビジネスモデル

今日もおよみいただきありがとうございます。

月に夢中になっている一人の女の子

月に夢中になっている一人の女の子のとても美しいお話があります。
天に月がある時には、庭に彼女を連れ出せません。
なぜなら、月が欲しくて、小さな腕をいっぱいにのばしても、月は取れないので、
絶望のあまり、女の子は倒れてしまうからです。

ある満月の夜、泣いて、泣いて、その女の子は死んでしまいました。

 

「黄金物語」は、お話の中の女の子に似ています。
なぜなら、いつだってお友達のために、神にぴったり収まる以上のことを書きたいのです。
月を撮りたかったのと同じです。

 

 

今日はビジネスの本を紹介する日です
ホセ・マルティの黄金時代という本です。

 

南米の子供達への
マルティのほとばしる愛情が書かせた童話です。

しかし、この童話には全てが書かれています。
世界の成り立ちから、世の中にある美しいもの
インディオの悲しい歴史と、これからの世界の作り方です。

ホセ・マルティはジャーナリスト、詩人であり、革命家です。
キューバの国父とも呼ばれます。
カストロゲバラが尊敬していると告白してから、
この黄金時代は世界十数カ国に翻訳されました。

4回にわたる児童雑誌の合本ですが、これは本当に大作になるはずの本でした。
ホセ・マルティは志半ばで死んでしまったからです。

革命戦線に身を投じていた彼は、前線の偵察途中に狙撃されました。
43歳でした。

彼はパリ万博を書きます。
世界最新の高層建造物や、出来事、技術までを
色彩豊かに描くのは情景だけではなく、歴史を脱色することがありません。
フランスが革命後の100年を、どんな思いで国家を運営してきたかを
世界の国々に印象付けるのが、万国博の意図であると説きます。
エッフェル塔、総合芸術宮、工業宮など
フランスが祖国をどのように理解し、表現しているか
その風景と精神とを書きながら、

蒸気機関の構造であったり、
子供の視点で文章が綴られます。

次第に世界の国々のパビリオンの説明となり、
最後には南米の国々には、どのように誇るべきものがあり、
ここに集まっている世界のひととどうやって付き合っていくべきか、

そして、華やかなパリ万博をこれからの子供達がどうやって作っていくのか
そんなワクワクする筆致へと変わっていきます。

また別の号では
世界の詩人、画家、音楽家について書きます。
彼らがどのようにして美を追い求めたか
どんな優しい先生だったか
について書きます。
そして美術史の紹介で終わるのではなく、
それらの精神が、国を愛するという一貫性したテーマを表現していたことを
酌み取らせる内容になっていきます。

アメリカで今流行っている最新の遊びを教えて
そして、昔にはどんな遊びがあったのか
メソアメリカの古い伝統について語ります。

雑誌そのものの根底に流れる一貫したテーマとが
ラテンアメリカのその時々の状況によって酌み取られる時代性を持ち、
滅びることのないメッセージを感じさせます。

イリアスを紹介しながら、
イリアスはなぜ古典として優れているのか
そしてメソアメリカの神話は
今日どう読まれるべきかをときます。

尽きることのない話題とジャンルのお話を通して
世界の過去と今と
南米の今とこれからとを
見事に繋いで理解させていくのです。

吉田松陰福沢諭吉魯迅や、ベンジャミン・フランクリンなどの立場を
併せ持っています。

僕たちの日本で黄金時代は描かれないのでしょうか。
今の日本とこれからの日本を
これまでの世界と結びつけて子供達に伝えられる童話があるでしょうか。

 

仙人さん最後のビジネスモデル

今日もお読みいただきありがとうございます。

価値観

 
 
今日は 宿題をやってみる日です。
自分が伝えたい価値観を3つ書き出してみる
という宿題です。
 
価値観って何でしょうか
 
価値観はまず僕たちが、自分で気づいていないもののようです
例えば、僕たちが買い物をするときには、ある価値観によって
判断しています。
センスがいいとか、必要だとか、有意義だとか
そんな 感情を説明することのできる、コアなところにある理由です。
 
例えば、善悪って裁判所とか、討論しているときだけに使っているのかなと
考えてますよね
日常の価値観に深く影響を与えている、心の奥底の善悪の価値観って
あんまり自覚していないのではないでしょうか
 
エシカルビューティーとかエシカルマーケットなど
という言葉が、あんまりピンときていない人が多いかもしれませんね。
 
自分では気づいていないけれども、
人の好き嫌いだったり、事実を受け入れたり、
もっと刺激的な意味では、楽しい、楽しくないまでを
心の中で決定しているのが
価値観です。
 
セールスマンが必ず教えられるマインドセット
ご存知ですか?
 
セールスとは、商品を売ることではなくて
価値を見せることだ
って言われますね。
 
歴史上の有名な人物が
自分の命を捨てて、勇気ある行動を見せているのも
この価値観がさせていることですね。
 
健康が大事だって言われても
健康で、若いうちはピンときません。
健康が大事だと痛感するのは
肉親の死に出会ったときや、自分が病気になってからですよね
 
ここでも変化しているのは価値観です。
 
教育者が伝えているのは、
小手先のテクニックやノウハウではなくて
価値観なんだよ
 
仙人さんの教材に一貫して流れている精神性に
私が惹かれた理由の一つです。
 
価値観を伝えるには時間がかかりますね
でも、それが伝わるまでに何ができるか
 
それが教育者が親も巻き込んで、
教育という言葉を考えるテーマの一つなのだと思います。
 
これは一番価値観として持ってもらいたいものを
極限まで掘り下げて掘り下げいくと
どんな言葉が残るんだろう
あなたもやってみませんか?
 
僕が伝えたいのは
世界は僕たちが想像しているよりも
ずっと広くて、
多様だということです
 
特に、子供達に伝えてあげたいです。
自分の居場所を見つけられないでいる、寂しい思いをしている子がいたら、
お父さんお母さんに閉じ込められた小さい世界から
世界の広がりを感じられるのはゲームだけじゃないと伝えたいです。
 
 
そして、2つ目に、
自由意志とは何かを教えてあげたいです。
 
そして3つ目に
因果律とは何かを教えてあげたいです。
 
僕たちが悩んでいる問題を
共に悩んでくれている人たちと歩みを合わせる
その一助となることに人生を捧げられたら嬉しいです
 

仙人さん最後のビジネスモデル

今日もお読みいただきありがとうございます
 
 

子供を世間の餌食に差し出す親達

 
 

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学ぶことと影響されることの違い
 
 
やってみようと思っていることをシェアする日です。

 
学びなのか影響されただけなのか
 
基本的に人は学ばない
影響されたがる
 
という言葉をプッシュしてみたいなと思っています。
 
三島由紀夫さんはこう言い残しました。
無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、 抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るだろう
 
 
多くの国際人からは、日本人の精神は
からっぽ
という評価をいただいています。
 
何を指してからっぽなの?
と言われると思うのですが、
 
一言で言うと、
 
学びと影響を勘違いしている
というところにあります
 
そして最近亡くなられた
西部邁さんは
こういっています。
 
「小さなデマゴーグがよく似合っているのが
今の日本人」
 
デマゴーグとは民衆を、つまりデーモスを牽引するひと
民衆扇動家というふうな意味になりますが、
 
 
「おまえもなー」
から生まれたそうです。
 
 
その時の民衆的な価値観、感情に同化同調して
旗を振り合って
手を取り合って、
支え合って
共感しあって
影響されている
ということです。
 
あなたは
影響されることと
学ぶことの違いを説明できる方ですか?
 
いくら周りの人が正しいといっていても
同世代の人があなたと違うことをやっていても
 
これと決めた事ができていますか?
 
僕たちは一人一人
 
自分軸を持って
 
世界に尊重されるべき素晴らしい才能や
 
個性を羽ばたかせることができます。
 
それが可能なタイミングに生まれ合わせたという
 
有難い時代に生きています。
 
それと同時に、
 
学ぶことと影響されることが混同されて
 
かけがえのない、自分の才能だと思ったものが、
流行によって、一過的に支持されていただけのものだったり
 
個性や自分の意見だと思ったものが、
誰かの考えや、価値観を代弁させられている
 
油断の出来ない時代に生まれ合わせています。
一生を誰かの操り人形でいてしまう
 
それも無自覚に
 
そんな有難くない時代に
同時に生きてます。
 
 
無自覚に影響されていること
 
のからくりを知りません。
 
物心ついたときから、
もっと言えば生まれた時から、
 
両親や先生から
「学ぶ」という環境と習慣を
価値あるものとして受け取っていなければ
 
一人一人の判断力や価値観が身につく前に
人を操りたいと思っているビジネスマンたちに
影響される道を歩みます。
 
 
本当の個性が身につく前に
 
宣伝された広告の価値観を
個性だと思ってすり込みます。
 
 
 
子供の自主性を伸ばすとかいって
子供に意見しない、
価値観を押し付けない
叱ることのない
そういう親御さんがいらっしゃるそうですが
 
親が願いを持って
我が子に「学ぶこと」を教え与えなければ
 
子供達は餌食になります。
 
身を守ることを知らない無垢な子供達は、
誰かの餌食になります。
 
必ず悪意を持った人達から
影響されます。
 
社会や世間から学ぶだろう
そんな自浄作用を持った
 
楽観できる世間ではないです。
少なくとも現代はそうです。
 
本人の意思に任せる
そして何も言わない物分かりのいい親でいて
 
子供が何か不幸な決断をしようとする時に
止めることはできません。
 
そんな虫のいいこと、できません
 
不幸な決断をするまでに
放置していたんです
 
学ぶことを教えずに
影響されるがままにしてしまったんです
 
不幸を止める力
 
それが学ぶということではないでしょうか。
 

仙人さん最後のビジネスモデル

今日もお読みいただきありがとうございます
 
 

コールドスリープの解き方

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コールドスリープは誰でもできる技術と聞いて、

びっくりしましたか?

 

学習するとは行動が変わること

 

 

というテーマでお話しいただいています第14話でしたが

今日は仙人さんに質問をする日です。

 

逆に言うと行動が変わってないなら、学習してない
 その学習ってなんなのでしょうか。


このことを行動が変わらない原因から考えてみたいと思います。

 

僕たちは事実の捉え方が人によって違います

目の前に起こったこと、その事実の捉え方と、行動は密接に寄り添って

僕たちの脳と身体は安定した状態をつくります。

それが決まった行動を変えないでいることの心地よさの原因だそうです。

 

どうでしょう、長い時間をかけて、脳と心が落ち着きを与えてくれたことに

まず感謝してみませんか?

認知行動療法とか、コーチングとか

いろいろありますが、

学習する側にとって

ノウハウよりも大事な心構えは、

 

変われない自分を忌々しく思わないことじゃないかなと思います。

僕たちの身体や脳は、僕たちを裏切りません。

裏切ってないのに、文句を言われても可哀想です。

 

多分何か理由があったんです。

小さい頃から、誰かからいじめられていて、逃げ場所がなかったのかな

言葉の暴力とか、叩かれるとか、嫌なことされ続けたりしたかもしれません

仲間外れにされるとか

身体が弱くて、喘息気味だったかもしれません。

 

確かに、成長した今から見れば、

 

こんなに怠惰だとか、こんなにでっぷり太ってとか

こんなにゲームばかりやってとか、こんなに孤独でとか

自分にうんざりしているかもしれません。

 

でも、そういったこと全部、その行動や習慣を選択して維持してこなければ

今日という日を迎えられなかったかも知れない

重篤な危機や破綻から僕たちを救ってくれていた

と考えてみたいです。

もっと酷いことになる前に、

懸命にも、その行動を選んできたんです。

 

行動しないのは

惰性とか言われますが、

 

脳という臓器は危機を回避することを最優先するそうですから

その危機を回避するためにスイッチを入れてくれたんですね。

 

それが心地よいと思わせて、習慣にしてくれたんですね。

今日という日まで

心と身体を守ってくれた自分の脳に感謝です。

今の嫌っている自分、嫌な自分

成功していない自分、変われない自分

これは、いまいましい、愚かな存在だと虐めないでください。

 

そんな行動をとらせて、もっと取り返しのつかかない深刻な問題を解決できるまで

当時の僕には解決能力がなかったので

 

脳と身体さんは未来に期待しました。

問題と真に向き合って、解決できる知性と勇気をもってくれることを信じて

 

ある習慣を定着させることで、コールドスリープしてくれていたんですね

今行われている技術では治らない病気だったら、

もっと確実な医療技術が開発されるまで

優れたお医者さんが現れるまで

低体温状態にして、病気の原因となる組織を身体を眠らせてしまって

来たるべき処置を受けられる未来まで先送りして、時間を稼ぐことを

コールドスリープといいますよね。

時間を稼いで、ぼくたちの気づきを待っていたのが

これまで培ってきた習慣と考えてみてはどうでしょうか。

 

風の谷のナウシカという映画がありましたね

白雪姫という童話をご存知だと思います。

 

ナウシカさんは、地球環境が微生物によって浄化されるまでの時間

人類がコールドスリープされた時代の、その間の地球の番人でしたね。

白雪姫は、嫉妬に駆られた女性から送られた毒リンゴを食べてしまって

そのまま身体が自衛的に生命活動を停止し、眠りについてしまったのでしたね。

 

理想の自分や、未来を思い描くのもいいと思うんですが

なんでコールドスリープしてたのか

その目的を忘れると

眠りから覚めてみて

息の根が止まるなんてことにならなければいいですね

 

さて、

 

僕たち一人一人、事実への向き合い方や

感受性が違いますよね。

協働的実証主義という考え方から、

認知行動療法ではパートナーをつくります

自分にあったやり方を選択して

フィードバックを積み重ねながら確認していくという方法をとります。

僕の場合は、怖い思いをする

恥ずかしい思いをする

というのが効果的かなって思いますが、原因も違いますし

人それぞれです。

 

それでも、後ろから

「オッケー」

といってくれるパートナーがいてくれたら

これまで守ってくれていた脳や身体さんも

そんな人がいるなら安心だなと思って

コールドスリープを解いてくれるんじゃないかなと思います。

仙人さん最後のビジネスモデル

 

今日もお読みいただきありがとうございます。